院長あいさつ
福島 宏明
hiroaki fukushima
生い立ち
私は岡山市出身で、岡山操山高校、岡山大学歯学部を卒業し、歯科医師免許を取得しました。その後、岡山大学歯科矯正学分野の大学院を卒業し、日本矯正歯科学会の認定医資格を取得してから、岡山市のてらかど矯正歯科に勤務してまいりました。
幼少期は、山に囲まれた自然豊かな父の生家がある赤磐市西勢実を駆け回り、のびのびと過ごしました。母の生家は浅口市鴨方町にあり、こちらもなかなかの田舎です。96歳(2019年)の祖母はとても元気で、ふくしま矯正歯科の開院をとても喜んでくれました。
小学生の時は、ソフトボール、プール、体操などのスポーツを熱心に頑張りました。ただ、勉強には力を注げていなかったようで、小学校二年生の時の社会の成績が最低評価の「いますこし」で、両親から本気で心配されたことは苦い思い出です。
中学生の時は、剣道部に所属しました。初心者でしたが、熱心な先生の厳しい指導を受け、夏は暑く冬は寒い過酷な環境の中で、一生懸命練習に励み、体力、忍耐力が付きました。
岡山操山高校を卒業した後、岡山大学歯学部では、準硬式野球部に所属しました。ポジションはピッチャーで5年生の時にはキャプテンに選ばれました。印象に残っているのは、毎年夏開催のオールデンタルという大会で3位に入賞し、優秀投手に選ばれたことです。打順は4番を任されたこともありましたが、調子に乗ってホームランばかり狙って打てなくなったため、以降は一度も4番は打たせてもらえませんでした。
進路について真剣に考えるようになったのは、高校生の時でした。医療系を希望していましたが、当時、私は歯科治療を受けることが大の苦手でした。それなら自分で歯科医院を作って、自分が行きたくなるような優しくて信頼出来る歯科医師を目指すことにしました。
岡山大学歯学部に進学してからは、矯正歯科の授業で歯が動く不思議に興味を持ち、矯正治療に携わりたいと考えるようになりました。しかし、実習や臨床研修の際、矯正治療の難しさを知り、専門的な知識、技術を学ぶ必要があると感じたため、矯正歯科の大学院に進学することに決意しました。
矯正歯科の大学院では、指導してくださった先生方に恵まれ、良い環境で多くのことを学び、先輩、同級生、後輩たちと切磋琢磨しました。特に患者さんの症状の診断や治療方針について理論的に考えることが出来るようになったことは、今の矯正治療の基礎になっています。また、矯正治療を学ぶだけでなく、研究では論文を発表し、雑誌の表紙を飾ることができました。
細胞を培養し、その性質を調べる地道な研究です。ほとんど徹夜で研究することもあり大変でしたが、細かくて、確実で丁寧な、根気と時間の必要な作業技術は矯正治療にも生かせていると思います。
大学院卒業後は、岡山大学の矯正歯科に勤務し、日本矯正歯科学会の認定医資格を取得しました。その後、岡山市のてらかど矯正歯科に勤務しました。院長先生をはじめスタッフの皆様の人柄に支えられ、多くの経験を積み、ここまで辿り着くことができました。
これまで私を支え、育ててきてくださった方々への感謝の気持ちは計り知れません。ふくしま矯正歯科は、その恩返しができる場所としてふさわしいものにしてまいりたいと思います。
診療スケジュール
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